労働は社会的排除を克服するか

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欧州は様々な文化や人種や宗教が共存しており、悪い面として差別や孤立による社会的排除を課題として社会的包摂に関する政策的取り組みについて多くの議論がなされてきました。

では社会的排除とは何か。またその原因は何か。そしてその解決策は何か。

社会的排除は結果的には個人の経済的な課題を原因とすることが多いわけですが、では労働があって収入が安定していれば社会的包摂の状態にあるかというとそうとも言い切れません。いやいや仕事をしているとしたらそれは誰も気づかなくとも社会的排除にあたるのかもしれません。WHOは健康を「 身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態」と定義していますが、社会的にも健康でなければ人は不健康であり、それは社会的排除ともいえるのです。

一方で人類の歴史において労働は常に生きるために重要かつ不可欠なものです。「労働は退屈、悪徳、欲求という三大悪から我々を逃れしめる」とヴォルテールはいいますが、労働しなくていい人生なんてそうそう訪れないので心配する必要はないのです。つまり労働はあるものとして、どうやって労働するかが大事なのです。

人は一般的に働かなければ食べていけませんから社会に(というかこの世に)いられません。しかし、労働がただ単に日々の糧を得るためだけのものになってしまってはそれも社会にいられない原因となります。

ということで、最初に戻って欧州2020戦略のフラッグシップイニシアティブを見ているのですが、どうも労働生産性を上げることでまた環境収容力を上げようとしているのかなあと思ったりします。でもこれって単なる問題の先送りじゃないのかなあ、とぢっと手を見る。

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